頭に思い浮かべるだけで周りの人を大切にできる言葉~漫画バーテンダーより


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こんにちは、夢と人生を大切にする看護師うっくんです。

みなさんは周りにいる人を大切にしていますか?

家族、親しい友人、仕事仲間など、普段からよく関わる人は大切にしたいですよね。

人を大切にするためには、その人のために何か行動するということが必要です。

でも、疲れていたり忙しかったり、自分に余裕がないと人のために行動することは難しいと思います。

そんな時に、頭に浮かべるだけでその人を大切に思える、漫画「バーテンダー」の名言をお伝えします。

君は覚えていてくれるだろうか

「バーテンダー」という漫画を知っていますか?

2004年から集英社「スーパージャンプ」に連載開始された漫画で、嵐の相葉雅紀さんが主演でドラマ化もされています。

その漫画に出てくる来島会長が、自分の死を目の前にして主人公の佐々倉溜とキャッチボールをしているシーンでその名言は出てきます。

「君は覚えていてくれるだろうか

ワシとキャッチボールをした今日という日があったことを

人が人に残せる物とは何か

その人が生きていたという記憶

・・・・・・思い出だけなんじゃ」

(引用元:城アラキ,長友健篩著,(2008),『バーテンダー』11巻,p.144,146,集英社.)

私の解釈ですが、来島会長はキャッチボールをすることで、自分の思い出を佐々倉溜に残そうとしたのだと思います。
二人は親子ではありませんが、佐々倉溜を我が子のように思っていたのでしょう。
来島会長は、亡くなった自分の息子と1回もキャッチボールをしてこなかったことを後悔していると言っています。
佐々倉溜も父親が多忙な政治家であったためにキャッチボールをしたことはなかったそうです。
そんな佐々倉溜に来島会長は、親子でキャッチボールをするという思い出を残そうとしたのだと思います。

子供と遊ぶ時に思い浮かべる

私は子供と遊ぶ時にこの言葉をよく思い浮かべます。

2歳の息子は、「父ちゃん遊んで」といつもせがんできます。

疲れている時は正直辛い時もありますが、一緒に遊べないと、寂しそうな顔をしてきます。

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そんな時には、この言葉を思い浮かべるようにしています。

「君は覚えていてくれるだろうか」

私もいつか死にます。

この言葉は、この子のために出来ることは何だろうかと考えさせてくれます。

遊んで欲しい時には精一杯一緒に遊ぶことでしょうか。

悲しい時には精一杯共感することでしょうか。

いつでも精一杯愛を注ぐことでしょうか。

いつでも精一杯この子のために行動すれば、愛を感じてくれるかもしれません。

例え私が今死んだとしても、「いつでも一生懸命遊んでくれて、いつでも愛してくれた父ちゃん」として、この子の心の中に生き続けられるかもしれません。

この子の心を温められる思い出として生きられるなら、死ぬことも辛くないと思えそうです。

ああなんだか泣きそうになってきました。

周りの人と接する時にも思い浮かべる

周りの人全員にここまで考えたら逆に思い詰めてしまいそうですが、例えば家族といる時にも使えると思います。

妻が喜ぶことを喜んで行い、妻が嫌なことを率先して代わってあげられるようになるかもしれません。

「いつでも一生懸命愛してくれた夫」として妻の心に生き続けられるのも素敵ですね。

自分が死んでも、誰かの心に生き続けられると思えることは、死を考えるうえで、とても大切なことだと考えています。

参考リンク:たとえ死んでも、自分のことを覚えている人がいる限り、自分は生きていけるという考え方

まとめに

人のために行動することは、人を大切にする上で欠かせません。

しかし、誰でも気が乗らない時もあると思います。

そんな時は、「君は覚えていてくれるだろうか」と頭に思い浮かべてみて下さい。

覚えていて欲しい自分は、「自分勝手」で、「自分の好きなことしかしない」自分でしょうか。

それとも、「いつでも周りの人のために行動していた」自分でしょうか。

人生は人とのつながりが一番大切だと思います。

一度試してみて下さい。

「君は覚えていてくれるだろうか」

それでは、より良い人生を!

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